研究成果

ハンドウイルカ(Tursiops truncates)の脳内の水銀とセレンの組織学的分布
Histological distribution of mercury and selenium in bottlenose dolphin (Tursiops truncates) brain

○ 丸本倍美,丸本幸治,中村政明,坂本峰至(国立水俣病総合研究センター),鶴田昌三(愛知学院大学)

○ Masumi Marumoto, , Kohji Marumoto, Masaaki Nakamura, Mineshi Sakamoto (National Institute for Minamata Disease) and Shozo Tsuruta (Aichi Gakuin University)

Introduction

マイルカ科の鯨類は魚介類の摂取により臓器中に高濃度の水銀を蓄積する。これらの鯨類では終生メチル水銀に曝露されるが、メチル水銀中毒で死亡した個体はこれまでに報告されていない。メチル水銀の一部は脳血管関門を通過して脳内に到達する可能性があるが、神経細胞傷害を引き起こしたという報告もない。よって本研究ではマイルカ科の鯨類であるハンドウイルカTursiops truncatusの脳内における水銀およびセレンの分布について電子プローブマイクロアナライザー (EPMA) を用い、これらの局在を検索することにより、なぜメチル水銀曝露により細胞傷害が引き起こされないのかを考察した。

Materials & Methods

サンプルは、ハンドウイルカのメスの成獣3頭の大脳および小脳で、常法に従い病理標本を作製し病理学的検索、Autometallography法、およびEPMAを用いた水銀およびセレンの局在解析を行った。合わせて、総水銀・メチル水銀セレン濃度の測定も実施した。

Results & Discussion

fig1

Units are microgram per gram of wet weight.

脳内の総水銀濃度は10ppmを超えていたが、メチル水銀の割合は少なく、ほとんどは無機水銀であった。

fig2

脳内のセレンおよび無機水銀のモル比はほぼ1であった。

fig3
大脳

fig4
小脳

ハンドウイルカの大脳、小脳、骨格筋および肺などの検索したすべての臓器において病変は認められなかった。

fig5
大脳

fig6
小脳

無機水銀を可視化するAutometallography法による検索の結果、大脳では広範囲の神経細胞の細胞質内やミクログリアに水銀の沈着が認められた。小脳においては、水銀は神経細胞ではなく、バーグマングリアに多く認められた。この所見は水俣病症例の所見に類似していた。

fig7

fig8

EPMAによる解析では3種類の元素を重ね合わせてマップを示した。細胞核に多く含まれるリンや実質において多く含まれる窒素を、目的とする元素と同時にマッピングすることで、元素の存在位置をより分かりやすく示した。

左図では、赤色がリンで水色が水銀とセレンの共在しているところを示している。核を明瞭に示すことで、水銀とセレンが細胞質に存在していることが分かる。また、右図では濃青色が窒素、ピンク色がリン、水色が水銀の局在を示している。実質と核の存在が示されるため、水銀の存在部位がより分かりやすく示される。

ハンドウイルカの大脳の神経細胞には多くの水銀およびセレンの沈着が認められるが、神経細胞傷害を示唆する所見は認められなかった。脳血管関門をセレン化水銀として通過することは考えにくく、脳内に到達したメチル水銀が神経細胞やミクログリアの細胞質内で無機化され、セレンと結合してセレン化水銀として存在していることが推測された。


謝辞

本研究を発表するにあたり、愛知学院大学・故高橋好文先生、長瀬さつき氏、国立水俣病総合研究センター・基礎研究部・内栫麻央氏および千々岩美和氏、環境・保健研究部・鬼塚重美氏、橋本二美可氏、森本茜氏および本山愛氏に謝意を表します。