研究成果

水晶振動子マイクロバランス法を用いた気中水銀測定装置の開発とその応用
Development and application of mercury vapor measurement system using quartz crystal microbalance method

国立水俣病総合研究センター ○丸本倍美,丸本幸治,産業技術総合研究所 野田和俊,国際水銀ラボ 赤木洋勝

1. はじめに

人力小規模金採掘(Artisanal and Small Scale Gold Mining, 以下ASGM)は、地球上における人為起源由来水銀の最大の排出源である。現在、世界70か国以上においてASGMが行われており、その現場では1,000万人以上の労働者が従事しているとされる。ASGMでは金を精錬する際に、水銀アマルガム法を用いることが多いため、その際に発生する蒸気水銀の労働者への健康影響が懸念されている。発生した水銀蒸気を除去する装置などの汚染防止対策が取られない作業現場も多く、蒸気水銀濃度モニタリングや労働者への曝露量の把握なども実施されていない。蒸気水銀濃度のモニタリングが容易でない原因としては、装置が高価である、測定方法が困難であるなどの理由が挙げられる。現在までに、安価で容易に気中水銀濃度をモニタリングするため、水晶振動子マイクロバランス(Quartz Crystal Microbalance, 以下QCM)法を利用した気中水銀の簡易測定装置(QCM-Hg)の開発が進んでいる。本QCM-Hgを用いてはWHOが規定する作業環境基準である1 µg/m3 以下における有効性の検討がなされてきた。しかしながら、実際のASGMでは基準値を上回る気中水銀濃度下で作業することが多いのが実情である。よって本研究では本QCM-Hg の1 µg/m3 以上における有効性、特にパッシブサンプラーとしての有効性を検討することとした。また、本発表では、併せてブラジルのASGM現場における測定結果についても報告する。

2. チャンバー実験

水晶振動子(リード型素子・20MHz)を装着したQCM-Hgは水銀の他、温度、湿度および気圧も測定することが可能で、ボタン電池を動力源として利用した。チャンバー内の底面および天井面にQCM-Hgをそれぞれ3台ずつ設置した。チャンバーに携帯型水銀測定装置(日本インスツルメンツ社製、EMP-2Hi)を接続し、直接チャンバー内の水銀濃度を測定した。水銀蒸気の発生源として金属水銀を用い、チャンバー内の水銀濃度をASGMでの様々な環境に対応するため平均1- 600 µg/m3の水銀濃度、流量 0.8 L/minで1時間曝露した。素子に吸着した水銀は加熱気化-金アマルガム-原子吸光光度法(日本インスツルメンツ社製、MA-2)で分析した。

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設置した QCM-Hg の位置により、振動数変動量が異なっていた。振動数変動量と素子への水銀吸着量は相関しており、このことは、同一チャンバー内であっても場所によって水銀濃度が異なることを示唆している。水晶振動子を装着した QCM-Hg の性能評価の結果、200 μg/m3を超えるような水銀濃度では、振動数が数分から数十分で飽和状態となることがわかった。また、パッシブサンプラーとして用いたため、環境中の湿度が高いと振動数が高くなる傾向が見られた。

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3. ブラジルASGM現場における測定

2018 年10月にブラジルパラ州イタイツーバ市のゴールドショップおよび周辺の一般家庭において QCM-Hg および EMP2-Gold を用いて気中水銀濃度測定を実施した。ドラフトが設置されているゴールドショップではあったが、店内の気中水銀濃度は数 µg/m3であり、ドラフト内でアマルガムを焼き始めると店内の気中水銀濃度は約35 μg/m3 まで上昇した。QCM-Hg の振動数は作業現場の気中水銀濃度に対応して良好に変動した。

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4. まとめ

チャンバー実験およびブラジルASGM現場での測定結果により、QCM-Hg は1 µg/m3 以上の環境下においても利用可能であり、数十 μg/m3 までの気中水銀濃度であれば、振動数の変化を経時的に捉えることが可能であった。しかしながら、200 μg/m3を超えるような水銀濃度では、振動数が数分から数十分で飽和状態となることがわかった。また、パッシブサンプラーとして用いたため、環境中の湿度が高いと振動数が高くなる傾向が見られたが、アクティブサンプラーに比べ、ポンプや電源などを利用しないため、軽量で安価に利用できることが期待された。


謝辞

本研究は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(課題番号5-1704)により実施された。

本研究を発表するにあたり、ブラジル国エバンドロシャーガス研究所のイラシナ環境部長、マルセロ氏およびスタッフの皆様、並びにポルトガル語通訳の百合澤氏に厚く御礼申し上げます。また、産業技術総合研究所・古川聡子氏、国立水俣病総合研究センター・基礎研究部・内栫麻央氏および千々岩美和氏、環境・保健研究部・鬼塚重美氏、橋本二美可氏および森本茜氏に謝意を表します。