研究成果

ラットを用いた水銀蒸気個人曝露モニターの有効性の検討
Examination of effectiveness of mercury vapor personal exposure monitor using rat

国立水俣病総合研究センター ○丸本倍美,丸本幸治,産業技術総合研究所 野田和俊

1. はじめに

現在まで、比較的安価で容易に気中水銀濃度をモニタリングするため、水晶振動子マイクロバランス(Quartz Crystal Microbalance, 以下QCM)法を利用した気中水銀の簡易測定装置(QCM-Hg)の開発が進んでいる。この装置はブラジルなどの人力小規模金採掘現場やその周辺地域でのエリアモニターとしての有効性の検討が既に進められているが、個人曝露モニターとしての有効性はこれまでに検討されていない。

ラットを始め、様々な実験動物において水銀蒸気曝露実験が行われている。数mg/m3の濃度では短時間曝露であっても、生体に影響をもたらすことが知られているが、数µg/m3 の曝露濃度では生体への影響はなく、長期間にわたる曝露実験を行うことが出来る。本実験では、生体への影響がない水銀濃度での水銀蒸気曝露実験を実施し、水銀蒸気の簡易測定装置の個人曝露モニターとしての有効性を、ラットを用いた動物実験により検討した。

2. 研究方法

QCM-Hgを装着したジャケットを着せたラットをチャンバー内に入れ、金属水銀を用い水銀濃度平均20 µg/m3で1時間曝露した。チャンバー内の水銀濃度測定には携帯型水銀測定装置(日本インスツルメンツ社製、EMP-2Hi)を用い測定した。曝露1、3および24時間経過後にジエチルエーテル深麻酔下にてラットを剖検した。血液を採取後、生理食塩水で還流し、肝臓、脾臓、腎臓、心臓、肺、骨格筋、鼻粘膜、嗅球、尿、小脳、大脳および脳幹を採材し凍結保存した。臓器中水銀は環境省水銀分析マニュアルに従い、湿式分解後、還元気化原子吸光光度法(三双製作所、HG201)にて、素子に吸着した水銀は加熱気化-金アマルガム-原子吸光光度法(日本インスツルメンツ社製、MA-2)で分析した。

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3. 結果と考察

臓器中の総水銀濃度を測定した結果、検索した臓器において曝露1時間後に濃度がコントロールとの有意差が認められるものの、3および24時間後では既にコントロールと同程度にまで濃度が減少していた。実験動物を用いた水銀蒸気曝露実験は様々な目的でこれまでも多くなされている。今回行った実験のように、低濃度曝露では数日~数週間のように長期間曝露された実験が多い。今回の実験では、低濃度の1時間曝露実験では、体内に取り込まれた水銀は速やかに代謝され、体外へと排出されることが明らかとなった。

fig2

素子に吸着した水銀量と曝露1時間後の検索した臓器中の水銀濃度は相関しており、素子への吸着量はラット体内に取り込まれた水銀量を反映していることが示された。しかしながら、臓器中の水銀濃度と振動数には関連がみられなかった。

fig3

チャンバー内に設置したQCM-Hg の振動数変動量がラットに装着したQCM-Hgの振動数変動量より増加していた。素子への水銀付着量には差はみられなかったことから、振動数の増加は湿度の影響を受けていることが示唆された。

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4. まとめ

臓器中の水銀濃度と振動数には関連がみられなかった。振動数はラットの動きや周辺および呼吸による水蒸気量の変化等で変動していると考えられるため、除湿等の対策が必要であると思われる。しかし、ラット臓器中水銀濃度とQCM-Hgの素子への水銀付着量とは良い相関が得られており、素子への付着量を計測すれば、水銀蒸気ばく露影響を評価できると思われる。このことから、QCM-Hgの個人曝露モニターとしての有効性が示された。


謝辞

本研究は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(課題番号5-1704)により実施された。

本研究を発表するにあたり、産業技術総合研究所・古川聡子氏、国立水俣病総合研究センター・基礎研究部・内栫麻央氏および千々岩美和氏、環境・保健研究部・鬼塚重美氏、橋本二美可氏および森本茜氏、アニマルケア株式会社・村上真一氏に謝意を表します。